観客が飛び出しても、選手が他の選手を巻き込んで転倒しても、なぜツール・ド・フランスでは事故が厳しく取り締まられないのでしょうか?
本記事では物理的・経済的な制限、事故の予測困難さ、判断の難しさ、そして大会の文化的背景から、その理由を解説します。ツール・ド・フランスは「取り締まらない」のではなく「取り締まれない構造」があるのです。
【参考資料】
Safety at the Tour de France with Continental
Enhanced health and safety measures - Tour de France 2025
Tour de France 2023: Rider Safety Measures Put in Place on the Course
目次
理由① 物理的・経済的な制限
ツール・ド・フランスは3,000kmを超える公道を使った世界最高峰のロードレースであり、特徴の一つに観客との距離が非常に近いことが挙げられます。
しかし事故防止用にコース全体をフェンスで囲って観客を締め出すことは現実的に不可能です。観客が望むかを除けば道路をフェンスで覆うこと自体は出来なくはないでしょうが、経済的にもほぼ不可能になります。
このようにツール・ド・フランスで事故を防ぐためには物理的・経済的な制限が極めて高いと言えます。
【参考】ツール・ド・フランスの格式は世界一と言われます。
理由② 全ての事故は防げない
ツール・ド・フランスで発生する事故は「観客の行動」「天候」「機材トラブル」「狭い道・急カーブ」がほとんどです。
これら事故を事前に予測することは極めて困難であり、全てを防ぐ手段は無いと言っても間違いではありません。過去の実績上、仮に突発的な事故が発生した場合でも、主催者や警察は状況に応じて柔軟な対応を取ることが多いです(厳しく罰しない)。
理由③ 事故の判断が難しい
上述の通り、ツール・ド・フランスで発生する事故は予測不能な突発的な事故が主ですが、「故意による事故」には当然厳しく取り締まります。一方、「これが故意かどうか」を判断するのは映像技術・SNSが発達した現代でも判断は難しいです。グレーな事故をどこまで真剣に取り締まるかは主催者次第ですが、割けられる人員も限られているのが現実です。
理由④ ツール・ド・フランスの文化
ツール・ド・フランスは100年以上の歴史があり、特にフランス国民にとっては「みんなのための大会」という理念が強いです。このため観客や地域社会を排除しない運営方針が根付いており、「事故を厳しく取りしまる」よりも「再発防止を呼び掛ける」という考えがベースとなっています。
また、「トップ選手が上位を狙って積極的に攻めた走りを行う」のもツール・ド・フランスの魅力です。仮に事故を厳しく取り締まると選手が慎重になり過ぎる恐れがあり、レース展開が消極的になる可能性があります。主催者側としては大会を魅力的なものにする義務があります。
過去に発生した事故
2015年 バランス転倒事故
2015年の第3ステージでフランスのウィリアム・ボネ選手がバランスを崩して転倒し、約20人の選手が巻き込まれる事故が発生。マイヨ・ジョーヌを着ていたファビアン・カンチェラーラ選手もこの事故で背骨を骨折しリタイアしました。事故の影響でレースは約20分間中断され、ドクターや救急車が動員されました。
20-rider crash mars Tour de France 3rd stage - UPI.com
2021年 観客プラカード事故
2021年の第1ステージで観客の女性が「おじいちゃん、おばあちゃん頑張れ」と書かれたプラカードをコース上に突き出し、先頭を走っていたトニー・マルティンに接触し転倒する事故が起こりました。この事故は観客を含めた50人が巻き込まれる大規模な事故であり、女性は警察から約15万円の罰金が科されました。この事故は警察が取り締まった極めて珍しい事象と言えます。
https://newsphere.jp/culture/tourdefrance2021-accident-culprit/
2021年 クラッシュ事故
上述の第1ステージの観客プラカード事故に続き、第3ステージでも複数のクラッシュが発生し、スペインのマルク・ソレル選手が両腕骨折でリタイアしました。1大会での連続した事故発生により選手側で安全性に対する不満が高まり、翌第4ステージでは選手たちがスタート直後に自発的にレースを一時停止する抗議活動を行いました。
Tour de France drops lawsuit against fan who caused peloton crash - ESPN
まとめ
- ツール・ド・フランスでは事故の取り締まりが難しい構造です。
- コース距離・費用の制約でレース全体の完全な安全確保は困難。
- 事故の大半は突発的であり、全てを防ぐことは不可能です。
- 事故自体が故意かどうかの判断が難しく、対応にも限界があります。
- ツール・ド・フランスは観客と共に作る文化があり、厳罰より再発防止が重視されています。
以上